昭和42年01月03日 朝の御理解
神様の願いに応えるということは、私共の願いを聞いて下さろうとする、体制を神様が聞いて下さるようなものです。神様の願いに私共が応えるということは、神様の方がおかげを下さろうとするいわば前提なんです。どうでもですから、神様のその願いに、勇ましい心で「おお」 と立ち上がられる信心が必要なんです。もう十七、八年も前で御座いますか、私共が引き上げて帰って参りましてから、まあ愈々私の信心が、私の信心じゃない、私が愈々に行き詰まって、難儀になろうとする時分でした。
ある正月の初夢に三日間続けて、母がいろいろとお知らせを頂いて、それは私がお装束を付けてその、水稲ですね。いわゆる稲ですね。稲のこう稲をまくっちゅうですかね、苗床をつくりわけですかね、稲をこの籾を稲じゃない籾をまいおるところ頂いたとこう。そん時まではそう、感じなかったんですけれども、段々こうやっておかげを頂いて来るにしたがってそん時の事が、今、思いやられるので御座います。
こう言う様な事になって来る事の為だなということを、まあ私思うんですね。それから次には、以前はこちらの北側の方から入っておりました、この道道路側の方から、いわゆるその道路側の方から、その大水が入ってき、それに大きな船にいっぱいの青梅がのっとる、こう積んである。その青梅を、あのー船に大水が入ってくるのに、そのうずうっとその船が入ってくるんですね。
それでその、私共の入り口まできたのをですね、もう一生懸命で、そのう私が先頭になって、それを引っ張っておる。前の方を、私の亡くなりました、戦死いたしました弟の大作といよりなしたが、この人が、この前で、綱を引いて引っ張っておる。後ろからは、かなえと妹が、もうこう、しりひからげてからですね、水ん中につかってから、その船を後押ししておる。
またこの人若先生が四つ、五つぐらいの時だったでしょうが、船の上に乗ってから旗を、旗じゃない扇子をひらいてですね、がんばれがんばれと言うてから、まあ言いよるところを頂いたとこう。もうそれこそ、私はあのそう言う様な事のあってから、特に一段とその家族中の者がです、いわゆる勢信心、ね。そうしてがんばるぞ、もうひと頑張るぞと言う様なその信心を、まあ一生懸命させて頂いたと思います。
神様がそう言う風にですね、例えばその神様の願いというものが、そう言う風に私共に掛けられておる。でそれに応えて一同のものが、それに「おお」と応えて立ち上がる。今迄の信心にもう一段工夫を凝らして、まあ一生懸命の信心をさせて頂いたという所にですね、私現在のおかげがある様に思うのです。私は最近あの御造営が始まって以来やはり御造営のが成就に近づいて行くに従って、その思いが強なるのですけれども
、ほんとにこれは、現在の椛目での信心を、私をはじめ皆さんが、このままの信心で、合楽の方へ移らせていただいたんでは、今はまだその教会でもないですけれども、まあ恐らく合楽教会ということになるでしょうが、その合楽教会の中心である私であり、または合楽教会の信奉者であるところの、皆さんの信心がこれでよいかということを思うのです。それで、いやこれでいけんから。
これではいけんじゃないかという、様々な働きがです、もう様々な角度から形に現れて、私共にその現れておられるのでございますけれども、はたして私をはじめ皆さんが、どの程度にそれに「おお」と応えて立ちあがっておるだろうかということを思う時にですね、これではあいすまんことだいうふうにまあ思うのです。昨日も八時に母が頂いておる事のお届を、ここにまいりました。私は休んでおる、ね。
その休んでおる枕元でですね、大きなその大黒様がですね、打ち出の小槌をこうやってうちふるいよんなさるところを頂いた。もう打ち奮いよんなさると、そこからですね、もうそれこそみごとなその梅の花がですね、大判小判じゃないです、梅の花がもうぼろぼろ落ちよる。大きなこげなん梅の花は見た事なかっと思うてですね、その見ておるとその花がもう一つ一つその、いわば小さい大黒様に変わっていかれる。
そして私が休んでおるその布団の上に上る様にしてからこう、グルグル回っておられる。それで私が慌ててですね、起きてそしたらその矢張り大水が入って来ておりましてですね、二層の船が着いておる。その二層の船には桂先生を先頭にですね、久留米の初代、初代の荒巻先生と言う様な先生方の御霊様が一杯乗っておられる。
一層の船にはここの家族の御霊やら、ここで亡くなられましたあの、三橋先生やら上滝さんやら一杯乗っておる。それでその、きてあるのはきておるけれどもですね、そのなにかこちらに準備ができなければ降りられんというような感じだったそうです。
それで私はですね、ほらもう桂先生はああたダン見えとろがはよせにやというて誰かがその言うもんですから私は寝とぼけておって起きてから袴をはいたり紋付き着たりしよるけんが母が、ほらあんた顔ぐらい洗うてからあんた、紋付き着らじゃこてっちってから母が言いよるところで目が覚めたとこういうのです。ほんとにその私達は寝とぼけたごたるその、眼の覚まし方。今天地の開ける音を聞いて目を覚ませこう仰るが、もうそうやって思い続けておりながら、こううすらぼーっとしてからほんとのことがひとっつもでけていないという感じ。
昨日の朝の御理解は、もうほんとに今年一年の私ども信心の、まあ心を焦点にしていかなければならんという感じでした。元旦の日の朝の御理解が、それをこういう心でということだったと思うんですね。一心の真を持ってという三代金光様のもう御晩年のころに、信者一同に信心の目当てとしてお書き下げくださったものが一心の真という事でございましたが、その一心の真を、現在の椛目に今こそ必要とする時はないのだと。
一心とは迷いの無い事だと。真とは本当な事だと。本当なことに一心を受け貫かせていただくといくこと。いうならそれは、二日目の昨日の御理解を頂くとですたい、ならどういうことにそれを打ち込ませていただくかと、ね。信心に修行はつきものだと。その修行の内容がお互い天ぷらだと。形はでけとるけれど内容がでけてないのだと。それが同じ天ぷらは天ぷらでも、天ぷらですね、いわゆるその神様の保証の有る信心とでも申しましょうか、ね。
そういう内容が立派な、いわゆる、昨日はそれをこの、天ぷらの中でもまあ海老天なんかというのは最高の天ぷらだが、海老の天ぷらのようなおかげを頂かなきゃならんというようなことであった。天ぷらというのはいつも、いつもじゃないその普通に申しますようにね、天ぷら工事なんて申しますでしょ、ね。その内容をごまかしてある。うわべだけはみごとにでけとるようであるけれども、中がごまかしてあるような仕事のことを天ぷら工事とこう申しますように、私共の信心が天ぷら工事に、のような天ぷら信心じゃなかろうかと、いっぺん今日の御理解をいただいてひとつ思うてみなければならんというて、ね、信心の内容、いや修行の内容について三つあげておられます、ね。
第一に朝参り、お日参りと言う事であった。金光様の御信心の修行はもうまず第一ここから、ね。次には、教祖の神様の御教えを本気で行ずる以外にないというこの修行、ね。朝参りはでけとるけれども、なら教えをどれだけ私共が身を持って行じておるかというと、疑問である。次には、これは椛目で一番やかましく言われるところの、成り行きを大事にしようと、ね。自然の働きを大事にしようと。神様がその人、氏子一人一人の上に求めたもうところの修行を本気でその修行を合掌して受けていけということであった。この修行ぞ。
これは自然の成り行き、例えば私昨日もこのことについて頂いたんですけれ、自分の心の中にですね、なにかしらん、だらしのないとか、ぶしょうなとか、もういわゆる信心の修行には、にてもにつかんような心が心の中に起きてくる事がありましょうが。いわば、さみしいさみしい心が起こってくるとか。これなんかでもですね、そういう心と対決する事なんです、修行は、ね。例えばさみしいならさみしい心にです、対決して、それがありがたいものになっていくところまで、勝ち抜かなければいけないのです。一人一人の上においても。
昨日私はね、昨日の御理解を昨日参ってきた方達皆、聞いてもらったんですね、それで、今日の御理解にね、分かりやすく解いてあるし、まあこれは一連ほんと言うたら一連じゃないまあ私共の信心の一生このことだけは、私共の信心の内容がこう、こうあっておるかどうかということを、確かめ確かめ進めていかなければならんと思うんでございますけれども、その新しい表現の中にですね、例えば完璧という言葉を使ったんですね。
ところがその、お年寄りじゃないんですよ、もう、まだ若い嫁さんですよ。それと、やっぱり、昔の高等中学校ぐらい出とる方なんですがあの、先生は時々完璧という言葉を使われるんですけれども、どういうようなことですかっちいって尋ねられるんですけれども、もう私はほんとに以外なんですね、以外だったんです。それがよく私のお話しを聞いてから、先生のあのお話は、あの、文高かっていう人があるんです。
ところが、私の話しはそんなにぶんだかい話じゃない。そんなにむつかしいことは言いよらん。もう信心の内容はそりゃむつかしか。そりゃあもうどうにもこうにもでけんほどに、それこそ深かったり高かったりするです、こりゃあ私信心じゃないけれど、その、語るところはそこである。表現は、私見やすいだとこう思うんですけれども、そう言われるんです。
しかしそれはまあよう聞いてくださったですね、けれども、わからんとこはなんでんやっぱ聞かないけませんよというて、まあ改めて説明はしたんですけれどもね、是は私が皆さんもう分かっておいでられると思うて、私はもう次の方へ進んでいくんですから、やっぱ分からんところは尋ねないけませんですね。例えば三代金光様の御信心なんかはこれを完璧ともうしましたですね。三代金光様の御信心こそが完璧だと。
もう、その、まちっとばかりというところがない、という意味なんですよ、ね。ですから私どもがです、その完璧な信心を目指していかなければだめだと。そげなん完璧な信心てんなんでん、例えば私だんにでけるはずがないというようなことでなしにです、ね、いうならば金光大神を目指してからの信心なのですから、やはり完璧を目指さにゃいけんのです。
そんならその、自分でも、はー今日はもうほんとに完璧だったなーと思われるくらいな信心がでけなければだめなんだ。それはさほどにむつかしいことではないということ、ね。そうでございましょうが。朝参りがそげんさほどむつかしいことじゃないですよ、ね。例えば様々な自分の御用を通してです、教祖の神様のみ教えをもとにしてからのお商売であり御用でありお百姓であるということのどこがむつかしいですか、ね。
また、自分の心に起きてくる、いわば様々なよくない心と対決して、それをありがたいものにしていこうと精進する事。私の上に起きてくる、いわば痛いかゆいのことから、ね、(難儀な問題の情けない問題。腹のたつような問題をです、それと対決して、そのことによって、私どもが高められていこうとするところの精進をすることが、実をいうたら、それが自分のものになったらむつかしいことじゃないのです、ね。だから完璧な修行というたらそういう意味でのことですから、実をいうたらむつかしいことはない。
そげんもう水も漏らさんごたる信心なというけれども、それだけのことなんです。いやそれがでけんといやあもうでけんです。けども、本気でその気になりゃあでけんことはない、ね。もちろん神様の目から御覧になればです、本当でしょうけれども、ね、私ども自身としては、今日も神様、ほんとにけっこうなお使い回しをいただきました。けっこうな修行をさせていただきましたと例えばお礼の言えれるような信心は、その気になればさほどにむつかしいことはなかろう、ね。
そういう例えば信心がです、いつも私どもの信心修行の内容というものが、そうあらなければならないということを、目指させていただいて、ね、そういう信心を持ってです、なら私どもが、そのホントな事へ打ち込むということはどういうようなことか。一心の真を持って打ち込むということ、ね。
この31日の除夜祭の時に福岡の秋永先生が、珍しい花を頂いたから家内が託けましたというてから託けてある。私もはじめて見た。鶯宿梅というお梅であった。歌の文句なんかにはよく聞きますけれどね、見たのは初めてであった。まっ黄なです。それがもう、形はもうそのまま梅の花です。ごくあしらった、まあお生花いっぱいぶんぐらいの花を持ってきとります。今朝からですね、それを頂くんです私。
それが私の部屋に生けてあるんです。まだ、実はあの洗面所のほうにつけてあるんですけれどもね、今日の私の御神願には、その鶯宿梅を床の間に生けてあるところを頂いた。鶯宿梅というのは、その字のとおりですよね、鶯宿梅。鶯というのはうぐいす。宿というのはやど、梅と。梅の宿る、鶯が宿る梅と、こういうことなんです、ね。『信心辛抱梅の花、やがて鶯きてとまる』と。一生懸命の椛目の方達が信心辛抱しぬかせていただいて15年16年間、ね。その16年間の間はです、一生懸命信心辛抱させていただいて、今ここにです梅の花がこう咲きほころびようとしておる、ね。もう鶯も来てとまろうかとこういうておる。あれが私は御造営の姿じゃなかろうかと思う、ね。
そこでおそらくは、落成式の時分にはホーホケキョじゃなかろうかと思うんですけれど、それだけでは皆さんいかんでしょうが、ね。花は咲いた、鶯は来てとまった、だけではいかん。これはいよいよ実りになってこなければ、ね。そこで私はですね、ただお広前が建立された、御造営が成就したということだけではなくてですね、いわゆる私どもの信心が成就しなければならないということ。
私どもの信心の造営がなされていかなければならない、それが、今のままではいけんのだ、これは私を、そういいくらしておるんだけれども、私自体がねているんだとまだ。神様が起こしござる。もう桂先生方皆、御霊様でっちゃ、ね、もうそこまできてあるんじゃ。それでもう、(寝とぼけたごとあってから?)、今でも、私羽織袴つけよる、いや、しかも顔も洗わんなり、もうつきよるというような程度のところで、ほんとにあいすまんことだと思うのですけれども、今年こそはね、もうほんとにです、私どもが、ね、私どもがひとつ、きちっと、み教えの一つもでけなければ、皆さん、ここにまちかねておられた方達が、あそこあがってくることができんだろう、ね。
本気で私どもが、天地の開ける音を聞いてひとつ目をさまさせていただいて、これだけは、私と私のものと。これだけはこれを境に改まった。これだけのことは私どもの信心が、椛目の時代の信心から合楽の信心を移るときに、これだけあかぬけして信心がもっていけれるんだというものをです、もっていかなければならん。それこそ私どもが、いわば、10いく年前に、ね、一生懸命にまかせていただいておった、その重みがです、いよいよ、もう実り豊かになってきておる。
椛目、大坪一家の上に一生懸命に、その、あのころの自分の家の中にこのおしこんでおる、船に乗って、家族中のものがあげてです、勢信心のおかげを頂いてから、こういうおかげを頂いたようにです、こりゃ椛目全体としてです、今こそ引くものは引く、押すものは押す。応援するものは一生懸命応援をする、という私は時期を迫られておるような気が致します、神様に。んなら迫られておるそのことがです、
なるほど神の願いである神の、まあ悲願とも感じられる、思うのですけれどもです、その神の願いとはどういうようなことかというとです、私共の願いが成就することのためのそれであるということを私は感じるです、ね。神様の願いというものが成就する。神様の願いというものに私共が立ちあがる、ね。一心の真を持って御造営もそのことだけに、いわば打ちこむ、というのではなくてです、私共の信心の造営にひとつ打ちこませていただいておかげをいただかなければならんというふうに思うですね、
どうぞ。